保健師のビタミン

多世代社会のあそびの力、おもちゃの力

第3話遊びとバーチャルリアリティ

今日、おもちゃのバーチャルリアリティ化はものすごい勢いで進んでいる。

電車やバスの中、行楽地やレストランでもピコピコといった電子音を耳にすることが増えてきた。家庭でも、テレビの前にさえ座れば、2時間でも、3時間でもワクワク、ドキドキ、遊びに夢中になれる。

大人たちが寝る暇も惜しんで作り上げた最先端技術のおもちゃに、多くの子どもたちがお世話になっている。そういった商品を買うだけで、子どもの遊びの手厚いケアを、おもちゃがしてくれているのだ。

かつての子どもは、土や石といった素材に工夫を凝らして係わったり、凧や独楽のようなおもちゃに果敢に挑んできた。

しかし、平成の子どもたちはおもちゃにエネルギーを吹き込むのではなく、おもちゃに遊んでもらっているかのようである。今のおもちゃを見ていると、子ども時代に摂取しなくてはならない遊びのカロリー不足を感じざるを得ない。

小学校の教室でも「今日うちに遊びにこない」「○○ちゃんのうちにテレビゲームある」「僕もってない」「それじゃ、行かない」といった会話も実際にあるようだ。それほど、バーチャルリアリティは子ども世界に深く、深く根ざしだした。

以前、ラジオ番組の「子ども電話相談室」で回答者を担当していたが、他の回答者の先生方によると、実体験の伴った質問が減ってきたと言っていた。

昭和40年代までは、ファーブルの弟子のような子どもたちがたくさんいて、皮膚感覚で疑問点を感じ取っていたようだ。

実際に現場に立ち会っていなくても、テレビを通じて全国各地の不思議さや疑問点の情報を収集することができた。子どもの探究心までもがリアリティあるものからバーチャルリアリティ化されてきているのであろうか。

1962年に名著『沈黙の春』で、農薬の乱用による生命破壊を初めて告発した米国の女性海洋生物学者、レイチェル・カーソンは、65年に子どもたちを捉える視点として『センス・オブ・ワンダー』を著した。

センス・オブ・ワンダーとは「神秘さや不思議さに目を見張る感性」の意味で、子どもたちが失ってはならない必須のもの、と訴えている。この感性も実体験がものをいってくるわけで、疑似体験ではなかなか十分に備わることにはならない。

感度の良いアンテナを無数に立てている子どもたちに、バーチャルリアリティのおもちゃを与えているだけでは優れたサポーターとなりえるだろうか。錆びつかせたり、へし折ることのないように願うばかりである。

一生に一度しかない貴重な子ども時代にこそ、遊びのカロリーの高い活動を栄養満点にさせたいものである。

著者
多田千尋
芸術教育研究所所長、東京おもちゃ美術館館長、高齢者アクティビティ開発センター代表 NPO法人日本グッド・トイ委員会理事長。
1961年、東京都生まれ。明治大学法学部卒業後、モスクワ大学系属プーシキン大学に留学。現在、全国3000人を越える玩具の専門家「おもちゃコンサルタント」の養成と、高齢者福祉のQOLの向上を唱えた「アクティビティディレクター」の資格認定制をスタート。専門はアクティビティケア論、福祉文化論、世代間交流論で、早稲田大学など多くの大学で教鞭をとる。
4月には、新宿区と文化協定を結び、東京の四谷で閉校となった小学校に「東京おもちゃ美術館」を開設。中野には、遊びとアートのラボラトリー「アート・ラボ」を開設し、子どもアートスクール、子育て学校、街中子育てサロン、おもちゃショップなどを展開する。
芸術教育研究所
東京おもちゃ美術館
高齢者アクティビティ開発センター

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