保健師のビタミン

家庭基盤と絆

第9話子どもが親を越える時

保育園からの帰り道、夕焼け小焼けを口ずさみながら、夕日の沈む坂道を息子のやわらかい小さな手と、私の手をつないで歩いたとき「いつかこの子が大きくなったらこうして手をつないでくれることもなくなるんだろうなあ」と思ったことを私は今、懐かしく思い出しています。

この連載を始めてから、私自身とっくに忘れていた育児の苦労や喜びの思い出の糸車を逆回転させて回想させていただき、やっぱり子育ては苦労も多いけれど自分も成長するための人生の大事な「業」だとつくづく思います。

阪神大震災にもやっと耐えたわが家の柱には、子どもたちとその当時のお友達の背比べの傷が多く残っていて、「去年より何センチ伸びた!!」と喜んでいたことが昨日のように思い出されます。

息子たちとは、いつのころからか背比べもしなくなり、既に母親の私よりも身長がグンと大きくなっていました。いつの間にか、わが家の玄関には27.0センチの靴ばかりが並び、私の23センチの靴は一番小さく、まるでシンデレラのガラスの靴のようにチョコンと並んでいます。

大きな男ばかりの中で紅一点で大切にされるのが夢で懸命に子育てをしてきました。

思春期なのに、母親と一緒に買い物に行くのをあまり嫌がらなかった息子たちから初めて「荷物重たいやろ、持ったるわ」と言われたときの感動はいまだに忘れられません。

背丈や足のサイズだけ親を越えたことが成長の証ではなく、重たい荷物を母親に持たせることがかわいそうだと気遣いができることに成長を感じました。

子どもには「親を追い越すぞ」という心意気は持っていてほしいと思いますが、親を見下すような子どもであってほしくありません。

しかし、最近は親が子どもに気を使い、おっかなびっくりで子どもの機嫌をとり、欲しい物はすべて買い与える親が増えています。少子化の影響もあると思いますが、小さなころからブランドの洋服を着せたがる親が目立ちます。子育てにあてるお金は糸目をつけないようですが、その子どもたちは、年齢や体格だけが一人前でも中身が伴っていません。

例えば、特に併発した病もないのに何ヶ月も里帰り出産をし、身の回りのことはすべて実家の母親の世話になる新米母親も多いと聞きます。

頼りにする相手がいることは一見幸せに見えますが、それは間違っています。自分が親になってみて初めて分かる親の苦労や愛情が分かったとき、そのときこそ親に対する感謝やいたわりの心が自然と心の中に芽生えるのです。

そして、そのとき人は親を越えるのです。自分が年を重ねていってみて、分かってくることが色々とあります。

私は親に対して「なんで、いつも『しんどい、しんどい』って言っているのかなあ、うっとおしいわあ」とか「外に居るときと、家に居るときは別人やん」と反抗にも近い心を抱いたこともありましたが、自分がその立場になってみて、仕事をして着替える間もなく夕飯を作って、バタバタ食べて、後片付けを終えるころには、「ああ、しんど」という言葉や、ため息しか出ませんし、肩も背中もパンパンに凝っています。

気が付けば、人生の半分以上を生きてしまっています。恥ずかしながら、このころになって、やっと少しは母のつらさや生き方が分かるようになってきました。私は親が目標ではなかったので、どこかで親をばかにしていた性悪だったのかもしれません。

私の息子は、私のことは一切賞賛しませんが、主人のことは「親父はホンマに尊敬するわ」といつも言っています。きっと息子は、愚痴をこぼさず家族のため、市民のために寡黙に働く主人の姿に男としての生き方を学んでいるのだと思うのですが、素直に親に礼を述べたり尊んだりできることこそが、親を越えたということにつながると私は考えます。

尊敬できるような親になることは難しいですが、貧しくとも、その中で精いっぱい、自分に愛情を注いでもらった子どもは、いつか親に恩返しとはいかなくとも、親を大切にする気持ちが自然とわいてくるものなのです。

誰に教えてもらわなくても、「重たい荷物を持つ母親に少しでも楽させてあげたい」と思いやりを持つ子どもに成長してもらえたときが、育児の最後のハードルを越えたときかもしれません。

いくつになっても、子どもへの心配は尽きることはありませんが、親が自分の体の方が心配になって弱ってきたときに、心身ともに強い大人へと成長してくれていたなら、子育ての苦労も報われるのではないでしょうか。

柱に刻んだ背比べの傷あとを見ると、今では柱より高くなってしまって測りようがなくなってしまいましたが、親子それぞれの心に刻んだ過ぎ去りし日々が思い出され、これらの人生の糧となるでしょう。

次回は、いよいよ「子育て支援」がテーマの最終回となります。紅白歌合戦でいえば、トリの登場ですが、さて、どんな最終話になりますでしょうか。

~今日の花華綴り~
「いくつものハードルを越えて子どもは親を越えて大人へとゴールインする」

著者
柴田花華
チャイルドケアコンサルタント。
モンテッソーリ幼児教育指導者、医療心理科講師を経て民生委員、児童委員民連会、教育委員会、青少年育成委員会等で講演家として活躍中。
障害児の母親を心理的に支える「赤い口紅運動」を主宰。新聞・ラジオなどのメディアで多数取り上げられる。日本禁煙医師歯科医師連盟会員。2003年5月5日の子どもの日にオフィスあんふぁんすを設立。同時に「赤い口紅運動」開始。

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