保健師のビタミン

映画にみる(発達)障害

第5話自閉症とエロス

『静かな生活』(1995、日本)
主演:佐伯日菜子、渡部篤郎、山崎努、柴田美保子、今井雅之ほか

原作はノーベル文学賞を受賞した大江健三郎の同名の短編集。監督は大江と高校時代の同級生でもあり親戚関係でもある伊丹十三。

「いわゆるアメリカ的な映画手法では撮っていない」という伊丹監督自身の言葉からもわかるように、一連の伊丹作品とはどことなく雰囲気がちがう映画です。

この映画では確かに自閉症であるイーヨーが描かれているのですが、その視点はあくまでも妹のマーちゃんです。そして、その視点は原作者である大江自身でもあります。

この映画のテーマは自閉症というよりは、大江自身の長年のテーマでもある、エロスです。ここでいうエロスはセクシャルなものも含んだ「生きる(生の欲動)」といった意味です。

自閉症者であるイーヨーは身体的・精神的な成長に伴いエロスを体現していきますし、妹のマーちゃんは異性への恋心を通して、人生の岐路に立たされた作家はその妻に支えられながら夫婦としてのエロスを体現していきます。

このようないくつもの視点から一つの主題が、細やかな視点で織り成されていきます。

エロスが持つセクシャリティや身体性、暴力性なども露骨に表現されていますが、見終わった後にはどこか爽快感があります。それは伊丹監督曰く「忠実に小説を再現した」にも関わらず、滲み出た監督のエロスなのかもしれません。
合掌。

著者
伊藤 匡
東京大学21世紀COE「心とことば- 進化認知科学的展開」特任研究員
1971年兵庫県生まれ。臨床心理士。日本では数少ないサバン症候群の研究を行う傍ら、精神科クリニック・スクールカウンセラーなどを現場として主に児童・思春期の精神保健に携わる

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