なな先生のことばの発達教室
第18回 2歳の息子にあいさつを教えてみたら
こんにちは。言語聴覚士として、2歳の息子の母として、日々子育てとことば育てに奮闘中の言語聴覚士、寺田奈々と申します。
日頃、私は言語聴覚士としてことばの発達にお悩みを抱えるご家庭の相談に乗ったり、「療育(りょういく)」という発達を促すレッスンを言語聴覚士として行ったりしています。そうした療育の知見の中には普段の子育てにも役立つものがけっこうあるかも? と気がついたものをご紹介します。
ただし、とても上手くいっているように読めてしまうのですが、もちろん子育てには上手くいくことばかりではありません。上手くいっているところだけ切り出して話しているんだな、と解釈してお読みくださいね。
2歳のことば、驚く発達
発達の教科書を紐解くと、2歳にはことば・社会性の面で目覚ましい進歩を遂げる時期であると書かれています。確かに、昨日まで上手く言えなかった単語を急に言えるようになったり、一度だけ言ったことばを次の日に思い出すことができるようになったり、毎日驚かされます。
たとえば、納豆や卵豆腐の「たれ」を言えずに「カレー」と言ってよく「カレーが食べたいの?」と誤解されていた息子が、「違うよう、カレだよ、カレ、カレ、てぃやれ……たれ!」と言えた、口元の動きの変化は、じーっと観察していて本当に興味深いものでした。
ほかにも、最近は動画サイトに出てくる水陸両用バスが大のお気に入りで何度も視聴をせがみます。その水陸両用バスに付いている「スクリュー」という言葉にアンテナが立ち、このあいだ国立科学博物館の日本館常設展で大きな潜水艦の展示を見つけたときにも、「すくゆー! ママ見て、すくゆーだよ!」と得た知識を結び付けていました。
新たなことばを習得する過程はとても楽しく、いくら見ても見飽きないものです。
「こんにちは」 あいさつはソーシャル・スキル
2歳という時期は、周りにいろいろな人がいて、自分と相手は別の人間であると少しずつ理解し始める「社会性の芽生え」の時期でもあります。そんな社会の中で他者と助け合って生きていくためにはあいさつがとても大切ですよね。上手にあいさつできる人になるには、まだまだずっと時間がかかるとは思いますが、少しずつ教えていきたいです。そこで、どうせなら療育や言語聴覚療法で学んだ知見を活かして教えてみようと思い立ちました。
療育では、「あいさつができること」もひとつのスキル(技能)と捉えます。ジャンルとしては、ソーシャル・スキルズ・トレーニング(SST)といって、社会の中で、自分も相手も心地よく過ごすための『コツ』を練習することを療育ではそう呼びます。
また、「言葉は使用する状況とセットで覚えていく」という原理、原則も参考になります。外国語を勉強する中学生ならともかく、2歳児に「おはよう」や「こんにちは」の音の並びだけを取り出して机上で復唱させて覚え込ませることは、かなり困難だと思います。お勉強として学ぶよりも、実際の場面状況で発せられる様子を見聞きし、自分でも見よう見まねで言ってみるというやり方が合っています。
しかし、人が行きかう場面状況で、あいさつをするべきそのチャンスは一瞬で通り過ぎてしまいます。チャンスが訪れるときにはたいてい緊張でドキドキもしてしまう、という2歳児にとっての難しさも壁となり立ちはだかります。あいさつというスキル、どのように教えていくとよいでしょうか?
焦らずゆっくり着実に登る方法、スモール・ステップ
スキルを身に付けるためには、スモール・ステップ(小さな階段)の考え方が役に立ちます。「誰かに会ったら『おはよう』や『こんにちは』のようなあいさつを自分からできる」ことがゴールだとしたら、それをいきなり遂行しなければならないと考えるのではなく、ゴールに至る道筋を小さなステップに切り分けて、ステップをひとつずつクリアしてちょっとずつゴールに近づいていくという考え方です。
チャンスはエレベーター前
というわけで、まずはあいさつをするよう求める場所を「エレベーター前」に限定することにしました。私は集合住宅に住んでいるので、エレベーター前では同じ建物に住む方に頻繁に会う機会があります。知らない相手にあいさつをするかどうかは個人差や文化差がありますが、同じマンション内に住んでいる者同士であればあいさつをする習慣がもともとあり、親の私にとっても緊張しづらくハードルが下がります。取り組みを継続するには、日々のハードルを下げることがポイントのひとつです。
また、エレベーター前は、適度に騒がし過ぎず声を交わしやすいこと、失敗してもあまりダメージは受けず、毎日繰り返しチャンスが訪れること、家から出発してすぐ、保育園から帰って建物内に着いたら、というシチュエーションの理解が手がかりやトリガー(その行動を生起させるための引き金)になることなどの好条件も揃っていました。
「誰かに会ったら~?」が合言葉
さあ、まずはリハーサルです。エレベーターの前に着いたらボタンを押して待っている間に、「誰かに会ったらこんにちは~だね」と合言葉のような声掛けをルーチンにすることにしました。いきなり本番の場面で「あいさつしなさい!」と促すのは、子どもにとってはかなりのプレッシャーです。リラックスした環境で、これから起こるかもしれない状況を予測させ、あらかじめ使うべき言葉を準備するようにしました。
誰かが乗っているかもしれないね、知らない人と一緒に乗るのは少し緊張するね、という状況を予測しながら待つことにつながります。実際に息子は、誰かが乗っているともじもじして私の背後に隠れることがしばらく続いたのですが、エレベーターでは他の人と乗り合うことがあり、こんにちはを言うのだとだんだん分かってきたようでした。誰もいないときには、「誰もいなーい」などと発言するようにもなりました。
いきなりの本番は緊張するのでまずはリハーサルから
そうして声掛けを毎日継続しつつ、状況の理解が進んできた頃を見計らって、こんどは「誰かに会ったら~?」と質問を投げかけるようにしました。息子はだんだんと、「こんにちは~」と合いの手を入れてくれるようになってきました。まだこの時点では、私と息子の2人だけであり、いわば本番前のリハーサルをしている状況です。「誰かに会ったら~?」「こんにちは~」上手に答えられたら「そうだね、誰かが乗ってたら言おうね」と伝えます。まだリハーサル段階なので、実際に誰かにあっても咄嗟の事態に固まってしまい、上手くあいさつができないことがほとんどです。この段階ではまだそこまで求めていないので、それはスルーします。
“偶然の成功”があると、何歩も前進する
時々、リハーサルのやり取り中にちょうどエレベーターが開いて、息子の「こんにちはあ~」が、エレベーターに乗っていた人に届くことがありました。実際には、相手の方に向けて発した言葉ではないのですが、相手の方はあいさつされたと解釈してくれて、「こんにちは」や「こんにちはって言えてえらいねー」などと応答してくれます。
これが息子にとっては絶妙な成功体験の先取りにつながったようです。偶然のタイミングによって、相手から褒められたり好意的に接してもらえたりして、ひどい目や怖い目、居心地の悪い思いをしませんでした。こうした“偶然の成功”の経験はとても貴重なもので、その行動を増やして定着させる大いなる原動力として働いてくれました。療育では、よい思い・経験をしたことを「強化子」と呼ぶことがあり、行動を増やしたい場合には、周囲が意識して褒めたりよかった点を伝えるよう意識して働きかけます。とはいえ、意図して褒めてしまうとこちらの下心が伝わってしまうこともなきにしもあらずでして、今回のように母とのリハーサル中に思いがけず誰かにあいさつするという偶然上手くいった経験に、息子なりに手ごたえを感じたようでした。
失敗はスルーかお手本を見せる、成功はすかさず褒める!
その後、彼はエレベーター待ちのリハーサルの直後に、実際に「こんにちは」と言えることが増えていきました。成功の割合としては、3回に1回ほどは何も言わずにもじもじ、3回に1回ほどは促しにより言い、3回に1回ほどは自発的に言う、という感じで、2/3は成功するようになってきたと思います。新しく獲得する途中のスキル・行動は、いきなり増えたり定着したり、完ぺきにできたりはしません。このくらいの配分で、できたりできなかったりすることがよくあります。
このように、なんらかのスキルを習得途中にある子どもに対しても、療育ではどのように関わるとよいか知見があります。まず、何も言わずにもじもじしてしまった失敗の場面では、親の私が代わりにあいさつをして息子があいさつをしたことになんとなくしてしまうことにします。「なんでこんにちはって言えないの!」「言えないと恥ずかしいね」などと、叱責したり執拗に責めたりする必要はありません。まだ習得途中なんだなと割り切って、お手本を見せて見て学ぶ経験を積むことも大切です。
誰かが見ているところで褒められるとうれしさ倍増?
次に、促しによって「こんにちは」が言えたときには、すかさず褒めます。人前で褒められると2人きりの時に褒められるよりもうれしさが倍増するようで、親の私も人前で自分の子どもを褒めるのが気恥ずかしいという気持ちを捨て、褒めに意識を集中させます。「ごあいさつできたね!」「かっこよかったよ!」行動の直後にゲットできるポジティブなフィードバックは、スキルの習得において最も強力な報酬としてはたらきます。
さいごに、息子が自発的に「こんにちは」が言えたときには、もちろん最大級に褒めます。また、家に帰ったらパパに「さっきエレベーターでこんにちはって言えたんだよ!」と間接的にも誇らしい気持ちを伝えるようにします。少し時間を置いてから思い出すことでエピソードを記憶に印象付ける作戦です。それに、誰かが自分のよい行いを、別の誰かに報せているところを見ると、二重三重にうれしさが倍増するのではないかと考えました。
定着が進んできたら、教え方も変化させる
ここは信頼関係やお子さん自身の性格によるところですが、スキルの定着が進み成功確率が9割程度(9割は促しまたは自発で「こんにちは」が言える)段階に入ったら、「こんにちは」を言えなかったときに軽く指摘をしたり(あれ? 今日は「こんにちは」、言えなかったね)、もう夜だから「こんにちは」じゃなくて「こんばんは」がいいね、などとバリエーションを横に広げていきます。
軽い指摘に関しては、定着まであと一歩、のところで手放さず、しっかりと仕上げることも時に大切です。バリエーションを横に広げるタイミングについては、いろんなことを一度に教えず、初めに教えたことが充分に定着した頃合いを見計らってスキルを拡張させるとよいです。こうしたことも、スモールステップの考え方であり、療育でよく使われるテクニックです。
ずっといい子なわけじゃない
最近の息子は、だんだんと、しっかりとあいさつができることが増えてきました。決まって毎朝会うマンションの管理人さんには、自ら大きな声で「おはようございます、行ってきます」と言えたりもします。
でも、急に恥ずかしくなってしまい、いつもあいさつができる場面で「いやだ」とすねてみたり、スーパーでの買い物では自分で商品を持ちたい、レジのカゴを触らせてほしいなどの他のことに執心し、あいさつが頭からすっかり抜けてしまいます。むしろ、床に寝そべって絵に描いたようなイヤイヤを発揮することもしばしばです。
私たち家族が住んでいるのは下町情緒あふれる街で、息子が生まれてからは、お店のパート・アルバイトの店員さんともみんな顔見知りです。私の荷物を代わりに持ってくれたり、床に転がって大泣きしている息子をあやしてくれたりします。周りの方が練習相手になってくれるからこそ息子はあいさつの仕方を学ぶことができます。私は、息子がいるからこそ、こんなふうに地域の方と会話を交わすきっかけをもらっています。毎日のひとつひとつの小さな出来事から、地域の中で子育てをさせてもらえていると感じることができ、感謝の気持ちです。
おすすめの本
『シナぷしゅ はじめてのおしゃべりずかん』
制作協力:テレビ東京/監修:寺田奈々 KADOKAWA
言語聴覚士として監修をお手伝いしました。
幼児向け人気番組の「シナぷしゅ」の赤ちゃん絵本です。起きてから寝るまでの生活と、そこで話される言葉が登場します。子どもが初めてのことばは、日常の文脈・状況の中で知り、覚えるものばかりです。また、毎日が繰り返されること(ルーチン)も大切です。どんな状況で発せられるのかな? を大切にことばを選び、絵本になりました。












