帰ってきた「閑話ケア」……ときどき「講演旅行記」
第21回 秋を散策 (通算 第150回)
今年も残すところ、あと2か月ちょっと。実りの秋も盛りを過ぎて自然界は冬支度に入ろうとしている。木々は実を落とし、そろそろ紅葉色に着替える準備をしていて、北国や山では、もうすでにそれが始まっていて、日差しは明るくても空気は冷たくて、人々は、あ、そろそろコートやマフラーの準備をしなくちゃって思う。
そんな秋。
……あれ? そんな秋に、ここ何年も出会ってない気がする。たしかに、米は実り、梨、ブドウ、柿、栗は市場に出回ってはいる。でも、何もかもが不作だと言われて値段も高くて。
昔、というか、数年前までは、夏の後に、ちゃんと秋があった。
暑い後に、季節の変化の時期があって暑かったり涼しかったり。
そして次第に涼しい日が増えて、あぁ、秋だなって感じていた気がする。
それが、近年は、秋らしい日がほとんどなくて、夏から急に冬になったりする。
そんな感じ、しませんか?
地球温暖化の影響とはいえ随分と急激かつ極端な変化に、ヒトを含めた動物の頭や体は戸惑っているようだ。夏から、やたらとクマ出没のニュースが多い年だが、クマの頭や体も、戸惑っているんじゃないだろうか。私の頭については常に戸惑っているが、今は体もかなり戸惑っている。急に夜に冷えて冬用の布団を出した2日後には、また夏掛けに戻す羽目になったりして、自律神経が自律できなくなっている気がする。
だが、不思議と、秋の虫の音だけは暦通りに聞こえているような気がするが。
せめて想像してみよう。人間はイメージだけでも体験したような気分になれる事がある。多分これは、人間だけの特権かも知れない。そして、そんな事が、心身を整える事に役立つかもしれない。
どうぞご一緒に、散策でもしようではないか。
秋の野山を歩こう。空は青くて、そこには小さな雲が群れを成すように浮いている。イワシ雲だね。
ちょっと歩くと汗ばむが、立ち止まると乾いた風が心地よく、汗は静かに引いていく。紅葉した木々と緑の残る常緑樹が程良く混じっていて、それらからの木洩れ日は道の上で緩やかに踊っている。道端に所々に溜まっている色とりどりの落ち葉たちは、強めの風が吹くと、また少しずつ移動してゆく。道にはいろいろな種類のドングリが落ちていて、中には山栗のイガも混じっている。ほら、あっちには、アケビの実がなってるよ。ちょっと草が深いから近づけないけど。アケビ、食べた事ない? 白っぽい果肉はほんのり甘くてさわやか。種はプッと吐き出す。皮の部分とかもあく抜きしたりして食べるらしいけど、私はそれは食べた事がないなぁ。

歩いていたら、渓流沿いに出た。時々勢いよく魚が跳ねる。アユかな。そういえば、アユ釣りも昔した事があるよ。胴つき長靴というのを履いて、渓流に入り、長い釣り竿で、鼻に環を通したおとりアユを泳がせる。おとりアユのヒレには針が付けてあり、縄張りを持つ渓流のアユが居そうな所におとりアユを誘導して泳がせると、縄張りの主が攻撃を仕掛けてきて、おとりの針に引っかかる。これがアユの友釣り。習性を利用した面白い釣りだが、私は経験が浅く、そんなには釣れなかった。まだ暑い時期だと、途中で飽きて胴長靴を脱ぎ、泳いだりもしてたなぁ。今は秋だから水はかなり冷たいだろうけど。
ダメダメ、私が泳いでいる姿なんか想像しちゃ。髭の生えた年取ったカッパなんて、かなりブザマだ。
もう少し歩こう。川を左に見ながら、少しずつ川から離れて草原に出る。ススキの穂がふんわりと揺れ、色々な秋の虫が鳴いている。秋の虫っていうと、何となく夜に鳴くような気がするけど、昼でも鳴いている種類が結構いるんだよね。
少し先の林に、こっちを見ている何かがいるよ。ほら、あそこ。
あ、カモシカだ。立ち止まってしばらく待とう。ほら、くるっと向き直って去って行った。クマじゃなくて良かったな。あの林はあの子の縄張りなんだろうな。ちょっと右にそれるか。
あれあれ、いつの間にかだんだん上り坂になってきたね。その辺の木の枝を拾って杖にするか。あなたも適当な枝を探した方が良いよ。足元の地面も、さっきよりゴツゴツして、岩みたいになってきたね。
ありゃ、2mちょっとくらいの高さだけど、ここだけ岩場みたい。簡単な鎖場(くさりば)になっている。険しい岩場などにつかまるための鎖が設置されているけど、その簡易版といった感じだね。せっかく杖になる枝を見つけたけど、持ったままじゃ登れないな。片手で鎖を持って、もう片方は岩をつかまないと。そうだ、低いから、先に枝を上に投げておこう。えいっ!
いやいや、無事に登れたけど、林をそれたら、急に高い所に向かう事になったねぇ。標高はどれくらいかな。ま、でも、この辺は高くても300mくらいだろうけど。左の方からは別の道が合流しているね。ああ、さっきの林を進めばきっとここに出たんだな。きっと坂もきつくはなくて。でも、ちょっと冒険した気分だね。
かなり古い道祖神がある。少し先には古そうな鳥居がある。神社で少し休ませてもらおうか。
地元の神様、境内をお借りしますよ。立派なケヤキがある。この木の紅葉も見事。その根元で休ませてもらおう。
ほら、あなたも荷物をおろして休みましょうよ。
水筒には冷たいお茶。ん? あなたは温かいお茶? 体質の違いだねぇ。ちょっとお菓子でも食べてエネルギーを補給しておこうか。何か持ってきた? あ、あなたの地方では有名な和菓子だね。それも美味しそうだねぇ。私はチョコ。これくらいが手軽で良いのさ。あ、分けてくれるの? ありがとう。チョコは、ちょっと合わないか。
昔はね、タバコを吸っていたから、こういう休憩の時は必ず吸っていたなぁ。私はシャーロック・ホームズと同じようなパイプたばこも吸っていたよ。あれはすごく沢山の煙がモクモクと出て、当時は何も気にしていなかったけど、周りは迷惑だっただろうな。
木を見上げる。ずっと上に何だろう、薄茶色の塊があるな。スズメバチの巣? ん? あれ、あっちもこっちを見てる?? 目が合った。フクロウだ。今日は何だか珍客に会いますね。っていうか、彼らの領域にこちらが入り込んでいるって事だな。荒らさないから心配しないでね。
風が吹き抜けてくる神社の裏手に行ってみようか。うわぁ、やっぱりここはかなり高いね。平野が下に広がっているよ。あの辺は稲刈りの終わった田んぼだな。こっちには、川があって、水面に紅葉が映っているのがかすかにわかるね。右奥の方には、ほら、列車が走っている。まるでジオラマを見ているみたいだね。いや、こういうのを再現して作られたのがジオラマだから、変な感想だったね。
そよ風が吹き抜けて、気持ち良い。深呼吸したくなるね。はぁ~、ふぅ~。
ヤッホーって叫んでみたい? 思いっきり、声出しても誰にも迷惑にならないと思うから、どうぞ。
でも、周りに山がないからヤマビコは返って来ないよ。
少しはイメージ出来ましたか? 実際なら、これからこの小高い丘を下りなくてはならないから、散策はまだまだ続く。山を下りて温泉にでも入って一杯やって。至福の時間だろうな。
忙しい皆さんは、実際にはなかなか出掛けられないだろうけど、こうやってイメージするだけでも、案外、良い気分転換になるかもしれない。美しい風景の写真集を見たりするのも、簡単なリフレッシュの方法だと思う。実際に歩けたらなお良いだろうが。
え? 実際に私と歩いたらどうかなって? いやいや、やめておいた方が良い。何せ、前期高齢者であるから、もう歩けないって弱音を吐くかもしれないし簡単に転んだりするかもしれない。
そうしたら、あなたは私をおんぶして、山道を帰らなくてはならないかも知れないではないか。あなたにおぶさって泣き言を言っている私の姿なんか…。そして、お互いに来るんじゃなかったって後悔してイヤ~な気分になって…。
あぁ、さっきまでの美しい想像が破壊されて行く…。











