WEB連載

帰ってきた「閑話ケア」……ときどき「講演旅行記」

第6回 タツの話 (通算 第135回)

明けましておめでとうございます。辰年(たつどし)ですよ、辰年。
雑誌連載の去年の1月号で、干支(えと)にちなんだ話は、ウサギで終わりだなって思いながら、自分が飼っていたウサギの話などを書いた。思いつきから酉(とり)年に書き始め、7回で終わるのは残念ではあったが、ここだけの話、ちょっとホッともしていた。
だって、ウサギならば飼った事があるけれど、タツじゃねぇ…。昔飼っていた竜の話を書こうってったって、所詮無理な話である。


辰は十二支では5番目。方角では東南東、時刻ではだいたい朝の8時前後くらいを示す。「辰」という文字には他の十二支同様、本来「竜」という意味はない。庶民が覚えやすいように、動物と紐づけただけなのだ。
でも、動物と言っても、竜はねぇ。居ないでしょ。他のネズミやウシ、トラたちは実在するが竜だけは存在しない。
実在しない割には、見事な絵が中国や日本には沢山あって、たいていの人が見れば「あ、竜だ!」ってわかるはずだ。大きくて、蛇のようにウロコがある身体で、ひげと角があって宙を舞う。
悪いヤツではなく、神様か神様の使いみたいな、大体そんな位置づけで、現代の漫画やアニメにも登場している。架空の割には知られた存在だ。
英語だとドラゴン(dragon)だというのは、あれは間違いだと思う。ドラゴンは、竜とは正反対に基本的に悪いヤツで、東洋ではなく西洋に住んでいて、火を吐く。どっちかっていうと恐竜に近いような体つきの印象もあるし、竜にはない翼があったりするでしょ。
全く別物だけど、大きいし怖そうだし強そうだから、そうやって翻訳しちゃえ―って事だと思う。だから、あくまでも「のようなもの」であって一緒ではない。リンゴと梨みたいな関係かな。どっちも果物で同じような姿形で美味しい。だから、食べた事ない人が見れば、色が違う程度の違いしかないが、食べた経験者は全然違うものだって思うでしょう。それくらい、竜とドラゴンは違うと思う。いや、もっと違うかな。


ところで、竜は「りゅう」なのか「たつ」なのか、また「竜」と「龍」の違いはあるのか?
漢字の違いの方は新旧の字体の違いだって事は、何となくわかる。簡単な「竜」の方が新しい字体っぽくて、常用漢字にもなっている。「龍」の方は人名漢字には入っているが常用漢字ではないそうだ。
でも「竜」という漢字も一説にはかなり古くからあるらしくて、例えば「醫」→「医」みたいに簡略化した新字体というわけではなく、古い時代から両方が存在していたらしいが、国語学者でもない私にはこれ以上の詳細はわからない。
「りゅう」は音読み、「たつ」は訓読み。訓読みというのは日本語の読みであって、大陸に起源を発する読み方が「りゅう」だという事だ。
でも、「たつ」という読み方の単語って、あまり思い浮かばないのだ。
すぐ浮かぶのは「竜巻」と「タツノオトシゴ」くらいかな。
タツノオトシゴ、何ともうまいネーミングではないか。竜ほどの迫力はないものの、何となく似た形をしているから、あ、なるほどってみんなが思いますよね。
このタツノオトシゴ、実にユニークな生き物であることはご存じですか? 育メンなんてもんじゃない。オスが「出産」するのだ。
どういう事かというと、メスがオスの育児嚢に産卵して、オスの育児嚢で育った子供たちが生まれ出るって事だ。メスが産卵した時点では受精していない。オスの体内で受精して、そして育つのだ。普通の哺乳動物とは真逆な感じ。ま、もっとも魚類だから哺乳類のパターンとは違って当然だろうが、魚類と言えばサケ類の産卵シーン、テレビで見た事ないですか? 川底にメスが産卵して、オスが放精して。そんなイメージでしょう。あんなのばかりじゃないだろうけれど、タツノオトシゴのパターンは、タツノオトシゴが所属するヨウジウオ科の他にはないんじゃないだろうか。

ヨウジウオ科のこの特性についてはあまりにも不思議なので、実は過去に調べた事があるのだが、その話を展開すると「タツ」から遠のくばかりなので、これくらいにしておこう。

竜の仲間に虹(にじ)がいるのはご存じ? 虹、あの、空にかかる虹ですよ。
字をよく見て下さい。虫へんでしょう。「虫」という字は、ヘビの形からきていて、もとは直接ムシを意味する文字ではないそうだ。なので、虫ヘンは小動物などにも使われる。蛇(へび)、蛙(かえる)、蛤(はまぐり)など、ムシ以外にも使われているのはそのためだ。竜はある意味巨大なヘビだから、その仲間である「虹」も虫ヘンなのであろう。どう見ても小動物じゃないけど。
昔、中国の民話を読んだ事があって、人間の女性と交わって子供の虹が生まれた話とか、水瓶の水を飲みに来た話とか、酒を飲ませたら金を吐き出した話とかがあった。虹からそんな物語をはぐくむ古代中国人の発想は実に面白い。虹にはオスとメスがいて、メスには「蜺(げい)」という字があてられる(「霓」とも書く)。
ちなみにギリシア神話では虹はイーリスという女神で、天と地を瞬時に移動する神々の使者のような存在。中国とはだいぶ違う。


そうだ! 竜は飼った事はないが、竜の「元」ならば飼った事がある。鯉だ。池を掘って飼っていて、サギの被害にあったため長生きできなかったが。詐欺じゃないですよ、いわゆるシラサギが飛んできて襲われてしまったのだ。
なぜ飼う事になったかというと、患者さんに錦鯉の飼育に情熱をかけている人がいて、その人の勧めで2匹飼ったのであった。白が基調の鯉の名は「白隠」。有名な禅僧の名前をもらった。銀が基調で黒や赤などがちりばめられていて何となく強そうな方は、その名も「龍元」。
その患者さんは、農業用の沼を一つ借りて、そこで沢山の鯉を飼育していた。そこまでどうしてハマるのかと思ったが、少しだけ足を踏み入れてみると、まあ、奥が深い。金魚は水槽に入れて横から見たりできるでしょう。鯉の場合は上から眺めた姿で評価する。模様にもいろいろな呼び名があって、「紅白」くらいならば誰でもイメージできようが、赤と白と黒の混じり具合で「大正三色」と「昭和三色」があったりする。いろいろ熱く語ってもらったが、シロウトには難し過ぎた。更に、ご存じのように錦鯉は泳ぐ宝石と呼ばれるほど、美しく高価。はまり過ぎると危ないとも思ったものだ。


この鯉が、中国の黄河の急流を登りながら鯱(しゃち)になり、更に飛竜→竜に変身するらしい。昔の彫刻などにそれが見られる。鯱は水族館に居るシャチではなく、お城の屋根の飾りにある「しゃちほこ」の「しゃち」だ。「ほこ」っていうのは飾りになった時の形の呼び名らしい。前回の旅行記に駿府城で発掘されたものの写真を載せているが、確かに頭は竜で体が鯉っぽく見える。
で、その黄河の急流を「登竜門」と言う。「鯉の滝登り」っていうのも、この事だ。
5月の端午の節句の鯉のぼりは鯉がそうやって出世していくのになぞらえて、子の成長を願う日本の風習。都会ではマンションなどが多いせいか昨今は大きい鯉のぼりを見る事はないが、地方に行くと、大きなお庭に今でも誇らしげに泳いでいるのを見かけるものだ。いくつかの地域で見かけた事があるが、飾り方に違いがあるようだ。皆さんの所はどうだろう? それが当たり前ではなく地域性があるかもしれませんよ。
さて、辰年。竜のように勢い良く強いオーラをまとって…なんていうのは、私は目指したくない。ま、もっとも、目指したところで無理な話だが。みんながみんな登竜門を目指すような社会はぶつかり合ってギスギスしそうだし。
竜神さまに空や海から見守ってもらいながら、地上は穏やかな日々でありますように。

―と、結んだのだが…。
こんなに「おめでとう」という言葉を使いにくい正月は、初めてな気がする。
地震、航空機事故、火災などなど、被災された方々にかける言葉もない。
石川県は昨年4月に、個人的に初めて訪れた土地だ。
更に、羽田は講演旅行で何度も利用させて頂いた。
小倉には、私の患者さんがあの近くに住んでいる。
そう考えると、身近に痛みを感じるが、何もできない事がもどかしい。
当事者の痛みはその何億倍以上にもなろう。
心からお見舞い申し上げます。
そして、地元の保健師をはじめ、支援する側の皆さん!
あなた方に課せられた使命は大きい。
しかし、何とかしなくては、という気持ちだけで突き進まず、あなた方の心身の声にも耳を傾けながら動いて欲しい。
飛行機事故は救援を焦る気持ちが一因かもしれない。
そんな不幸を繰り返さないように祈る。
自己犠牲の精神はいらない。自分の限界をきちんと見ながら、その上で精一杯活動して下さい。
竜神と共に見守っています!!

著者
藤本裕明(ふじもと・ひろあき)
分類学上は霊長目ヒト科の♂。立場上は一応、心理カウンセラーに属する。自分の所の他、埼玉県川越市の岸病院・さいたま市の小原クリニックなどで40年以上の臨床経験があるが、年数だけで蓄積はおそらく無い。

紙面での連載から数えて、14年目を迎えた。14年? 生まれた子が中学2年生! う~ん…。おかしいなぁ、実感がない。だまされている気がする。誰だ、だましているのは?! だましてない?? 誰も? ホントかな???―と、老人は被害妄想を持ち易くなる。気をつけないと…。

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