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【レポート】第3回貧困と子どもの健康シンポジウム

11月26日、東京都文京区の順天堂大学で「第3回貧困と子どもの健康シンポジウム」が開かれ、全国から養護教諭、スクールソーシャルワーカー、学校医などが参加した。午後の部のシンポジウム「学校における貧困と子どもの健康」をレポートする。

シンポジウムを主催したのは長野県飯田市の小児科医、和田浩氏。同氏は小児医療に携わる中で子どもの貧困の存在に気づき、啓発に努めている。「学校における貧困の子どもの健康への影響が医療者には見えていない」との問題意識からこのシンポジウムを企画したという。シンポジウム「学校における貧困と子どもの健康」では、和田氏司会のもと4人のシンポジストが登壇した。

鈴木康子氏(小学校養護教諭)は学校現場における貧困家庭の子どもの実態を報告。「家に救急用品がないので保健室で手当てしてもらうように親から言われた」「視力が0.1以下でもメガネを買えない」「家庭に体温計がないので平熱を知らない」「給食が唯一の食事なので午前中は授業に集中せず落ち着かない」「部活の用具や遠征費を払えないので部活ができない」など、貧困家庭の子どもたちの実態が語られた。アルバイト代を生活費に吸い取られる高校生、奨学金を生活費に回している大学生もいるという。鈴木氏は「子どもにとっての貧困は単に家庭にお金がないという問題ではなく、教育格差、情報格差、社会的孤立につながる。親に気をつかうためSOSを出しにくく、多くの我慢を強いられる。こうしたことから自己肯定感を持ちにくく、大人になってからも家庭を築けないなど、貧困の連鎖が心配」と語った。

元朝日新聞記者の秋山千佳氏(ジャーナリスト)は保健室への豊富な取材経験から「保健室ほど子供の問題を網羅しているところは滅多にない。子どもの抱えるいろいろな困難を見渡せる場であり、子どもたちの素顔に接することができる」と語った。特に貧困の最中にある子どもの場合は、親は地域とつながる余力がなく子どもだけで地域とながることも難しいため、大人にSOSを出す場として学校の保健室が最後の砦となるという。例として貧困家庭の女子中学生を取り上げた。その子は、入学直後は能面のように表情がなく、ちょくちょく保健室に顔を出しては「だるい」などあいまいな体の不調を訴えていたという。それが中学2年のとき、突然何かがはじけたように養護教諭に対して手紙を書き、家庭が貧困状態にあること、家族全員から虐待を受けていたことなどを訴え、保健室で泣き崩れた。中学3年になると笑えるようになった。秋山氏は「保健室が彼女のホームになり、安心安全な居場所を見つけたことで、表情を取り戻した」と話し、保健室が学校にある意義として「自己肯定感を育むこと」「社会性を身につけること」を挙げた。そして自己肯定感を育むには養護教諭の手間ひまをかけた関わりが欠かせないとして、養護教諭の「信じる」「待つ」「寄り添う」姿勢がポイントになると話した。

蜂谷明子氏(蜂谷医院、小児科医)は、要保護者(生活保護者)の数が注目される中で、準要保護者が多いことが問題であると指摘した。準要保護者とは市町村教育委員会が「要保護者に準ずる程度に困窮している」と認める者のことで、準要保護児童生徒は要保護児童生徒の10倍もいる。準要保護児童の就学援助調査からは、学用品や修学旅行費などは援助されているものの、クラブ活動費などの援助の有る無しの地域差が大きいことも見えてきたという。蜂谷氏は、「子どもが貧困のままだとSOSを出せない育ち方をしてしまう」と危機感を伝えた。

金澤ますみ氏(桃山学院大学社会学部社会福祉学科准教授)は「明らかにガリガリに痩せている貧困者は少なく、見た目で貧困かどうかを見分けるのは難しい」と話した。また、子ども食堂の成功例を挙げ、「子ども食堂などは、さまざまな分野の方の支援が必要で、その中の誰一人が欠けてもうまくいかない」と連携の重要性を強調した。

フロアも含めた討議では、最近では大学でも学生生活に適応できないケースが目立つようになり、学内に保健室を設置する大学が増えているとの声も聞かれた。また、学校内の心の問題ではスクールカウンセラーがいる中で、なぜ今、保健室(養護教諭)なのかも話題に上った。これについては、「臨床指導を前面に出していたときには相談は年に5人だけだったが、保健室を相談先にしたら年300人まで増えた」「先生と名の付く人には相談しにくいが、保健室は一見したところ“暇そうな大人”(養護教諭が、わざと暇そうな姿を演じている)がいるので来やすいのではないか」などの声が聞かれ、あらためて保健室の重要性が浮き彫りになった。
 

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