地域保健ネットワーク

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髙良久美子さんインタビュー/「ピープル」2024年3月号WEB版

一般社団法人共育ステーションつむぎの代表を務める髙良久美子さんは、メンバーとともに、困窮世帯にミルクを届ける「ベビーミルク支援」を行ってきた。支援が届きにくい乳幼児の命を守るために、現在も有料老人ホームの仕事をしながら、多大な労力を費やし、新たなしくみづくりを実現させるために奔走している。その活動の経緯やこれからの展望について伺った。

【プロフィール】
髙良 久美子(たから・くみこ)さん
1962年生まれ。沖縄県那覇市出身。ひとり親として4人の子ども(現在は成人)を育てた経験がある。経理や教育福祉関連の仕事に携わり、これまで銀行の為替関係業務、学習教室の運営、無料塾の教室長と養育支援、母子寡婦福祉会の事務局長などをかけ持ちしながら多様な経験を積んできた。2020年にベビー用品や生活物資の購入に苦労する家庭の支援をボランティアで行う共育ステーションつむぎを任意団体として立ち上げ、2023年4月に一般社団法人化。現在は有料老人ホームで相談員をしながら、子どもたちの応援団として、「支援の切れ目を感じているベビー目線に立った支援」に力を注いでいる。

[取材・文:白井美樹(ライター)・写真:赤嶺直也(ポートレート沖縄)]

個人でベビーミルク支援をスタートさせる

髙良さんが那覇市母子寡婦福祉会(以下、母子会)の事務局長をしていた、2018年のある日のこと。那覇市の社会福祉協議会の職員が、「局長、ミルクの在庫ないですか?」と、焦った様子で駆け込んできた。

話を聞くと、赤ちゃんにきょうあげるミルクがなく困っているお母さんが来たそうだが、手渡せるミルクが社会福祉協議会にはなく、母子会にもやはりミルクの在庫がなかった。そこで、髙良さんは近くのスーパーに走り、自分のお金でミルクを1缶買って手渡したそうだ。

振り返るとこれがベビーミルク支援の始まりだったという。

「母子会で支援している家計の苦しいひとり親家庭だと、ミルクが十分に買えず、仕方なく水で薄めて飲ませているという話は以前から耳にしたことはありました。でも、社会福祉協議会さんが対応しているのは、ひとり親家庭ではなく一般世帯のはず。両親がいてもミルクが買えない困窮世帯もあるということを知り、愕然としました。『こういう相談って毎月あるのですか?』と社会福祉協議会さんに尋ねると、1~2か月に1回は確実にあるという回答でした」

当時、ミルクは1缶が2,000円ほど(現在は値上がりして2,800円くらい)。乳幼児は月齢にもよるがだいたい1か月で6缶くらいのミルクが必要となるため、困窮世帯にとっては確かに大きな負担となるだろう。そうなれば、節約のために水で薄めてミルクを飲ませざるを得ない家庭が出てきてもおかしくないのかもしれない。しかし、それでは乳幼児の内臓や脳にダメージを与えかねない。

このことがあってから、髙良さんは、自分で月に1~2缶のミルクを買い、社会福祉協議会に届けるようにしたそうだ。

 講演で乳児が1か月に飲む量としてミルク6缶を実際に見てもらう髙良さん

ボランティア団体 共育ステーションつむぎを立ち上げる

そんな折、髙良さんは他県で起こった悲しいニュースを知った。ミルクを買えないためにお母さんが清涼飲料水を与えていた双子の赤ちゃんたちのうち、1人が衰弱死してしまったのだという。

「実は私も母子家庭で4人の子どもを育てた経験があり、3度目の出産が双子だったので、そのニュースは他人事とは思えませんでした。双子だと倍の量のミルクが必要となります。それまで半年間、個人でミルクの支援をしてきましたが、確実に継続していかないと、失われていく命があるのだと痛感しました」

その後、ミルク支援に関してどこかにモデルケースがないかと、日本全国の自治体や関係機関のいくつかに問い合わせしたという髙良さん。しかし返ってくるのは「在庫があるときには提供できるが、欠品していれば渡すことができない」という答えばかり。常備しているところはどこにも見つけられなかったのだそうだ。

支援対象が乳幼児であることに加え、ミルクは管理の難しさ(賞味期限・保管・在庫)、予算の制約などの理由から、支援の死角となっていることが分かったという。

「乳児はミルクからしか栄養をとることができません。きょう、明日のミルクがなければ、命の危機に瀕します。そんな乳幼児がいるのだとすれば、とても私だけでは支えきれないと思いました。そうこうするうちに、新型コロナウイルスの感染拡大の時期に入り、困窮世帯がみるみるうちに増えていきました。そこで、2020年4月に共育ステーションつむぎというボランティアの任意団体を設立し、同級生や職場の同僚、知人、友人など、思いつく限りの全ての人に事情を話して500円ずつ寄付してもらい、ミルクを買って届けるようにしたのです」

コロナ禍以前はミルクの寄贈が月に1~2缶だったのが、団体を設立したことにより、2020年は567缶、2021年は約1,500缶、2022年は約1,800缶、そして2023年は約2,000缶へと増えていった。そして、行政や社会福祉協議会、関係団体と連携をとりつつ、沖縄県のどの地区に生まれてもベビーミルク支援を受けられる体制を整えていった。

団体を一般社団法人化。県や市への陳情が通って行政を通じた支援が可能に

ボランティアの任意団体を立ち上げたとはいえ、沖縄全土に3~5人の僅かなスタッフだけでミルクを届けに行くのは、大変な時間と労力が必要だ。そんな中、団体の活動を知った方たちが、外回りのついでにとミルクの配達を申し出てくれたり、行政がミルクを引き取り保健師さんが届けてくれたりなど、だんだんと協力者も現れてきた。また、薬局との提携では、近所の薬局までお母さんがミルクを取りに行くことができれば、つむぎがその代金を支払うというしくみも作り上げた。

「これまでに共育ステーションつむぎが支援した人は、沖縄県内だけではなく、関東、関西、北陸、九州にもあわせて約10人います。インターネットの検索で『ミルク買えない』『ミルク支援』と打ち込んだことにより、私たちの活動を知ってつながった人たちです。私たちは他県であっても、できる限りの対応をしています。例えばミルクの在庫の確認や郵送、支援団体の購入の後払いなどです」

活動の広がりに伴い、2023年4月、共育ステーションつむぎはボランティアの任意団体から一般社団法人となった。そして、これまでの活動の成果もあり、同じ年の6月には沖縄県と那覇市への陳情が通り、行政を通してミルク支援ができるようになったのだ。

これまでに直面したミルク支援の困難さ

行政の支援にこぎ着けるまでに、数々の困難があったという。

沖縄県全域に困っている人がたくさんいるのに、そこに手が届かなかったのには、いくつかの理由があったからではないかと髙良さんは言う。

「ひとつには、お母さんたちがなかなか声を上げにくい状況があったと思います。ミルクが買えないと言えば、『なぜそんな経済状態なのに子どもを生んだのか!』と周りから責められることが多かったからです。そのため、相談窓口に行くのも相当な覚悟が必要でした。これがベビーではなく児童になると、話は別です。世の中では子どもの貧困問題が議論され、子ども食堂も含めて食料支援の手が差し伸べられ、いろいろなものを提供してくれます。しかし、ベビーのミルク支援に関しては、ぽっかりと支援の穴が開いているのが実情でした」

さらに行政内の誤解も重なっていたのではないかと髙良さんは指摘する。どこの市町村でも子育て支援課、または子育て応援課のような部署があると思うが、そこにミルクがないかと相談に行っても、母子保健係にあるはずだと言われてしまう。そこで母子保健係に行くと、今度は子育て支援課にあるはずと言われ、お互いの部署で『ないはずがない』と思い込んでいるケースが実際にいくつもあったそうだ。

また、活動を始めた頃、髙良さんは次のような葛藤も抱えていたという。

「ベビーが生まれたとしたら、1番目に赤ちゃん相談員さんが訪問してアンケートをとりに、2番目に助産師さんが訪問し、何か心配があれば3番目に保健師さんが訪問。4番目に子育て支援員さん、5番目に民生委員さんや児童委員さんが訪問します。それなのに、なぜ6番目に関わる私たちがミルクを持って訪問しないといけないのかと思いました。少しでも早く誰かが持っていけたら良いのにと……」

実際、ミルクが買えない程の困窮世帯の場合、乳幼児だけでなく、お母さんの健康にも重大な影響を及ぼすことが考えられる。

お母さん自身も栄養失調になりがちなところに、やっとの思いで相談に行った先で「若いんだから働けばミルクが買えるようになるでしょう?」と言われ、無理して働き、倒れて救急車で運ばれたお母さんを、髙良さんは何人か見てきたそうだ。母乳を止めてまで働かないといけないというお母さんの話には心が痛むばかりだったという。

必要な対応や支援の遅れは、ミルクやオムツが買えない産褥期のお母さんを、産後うつに追い込む可能性もあるのではないかと髙良さんは危惧している。

乳幼児のいる困窮家庭支援の起点はミルクから

「もちろん、困窮世帯に訪問して心を寄せてくれる保健師さんもたくさんいらっしゃいました。でも同時に、市町村の上部になかなか支援を必要とする声が通らないという話もよく聞きました」

また、保健師が訪問してもお母さんから会うのを拒否されるケースもあるそうだ。

「『どうしてつむぎさんはお母さんたちに会えるのですか』と保健師さんから尋ねられたことがありました。それはきっと、お母さんたちの願いが“ミルクだけでも”だから。お母さんたちはどうにかしてミルクがほしいから会ってくれるのです。そこで、支援拒否のケースでは、保健師さんに一緒にミルクを持っていってもらうようにしています。このことからも明確なのは“支援の起点はなんといってもミルク”だと思っています」

県や市への陳情が通って、行政の支援につながったとしても、髙良さんは、まだまだ問題は山積みだと言う。

昨今の物価高もあり、ミルクの値上げは子育て世代にとってかなり痛手だ。団体で行っている500円基金や、寄付・寄贈ではまだまだ足りない。そして、ミルクだけでなくオムツやベビー服を買わなければならないことが、家計の追い込みに拍車をかける。乳幼児の成長のスピードは早く、ベビー服は1年で4回くらいは簡単にサイズアウトしてしまう。

そこで、共育ステーションつむぎでは、ミルクと一緒にオムツやベビー服、離乳食なども必要に応じて届けることを始めたそうだ。

  共育ステーションつむぎを利用したお母さんたちから寄せられた貴重な声

「最近では、ミルクを届けにいった先で、サイズアウトしたベビー服を提供してくれるお母さんも増えてきました。何でもギブ&テイクが大切ですよね。みんながベビー応援団に参加してくれれば、こんなにうれしいことはありません」

ベビー応援団の先頭には保健師さんが立ってほしい

髙良さんがこれから期待しているのは、みんなでサポートできるしくみを作れないかということだ。そのキーポイントのひとつが、「保健師さん、助産師さんといかに手を携えられるか」だという。

「民間でできることは限りがあるので、やはりベビー応援団の先頭に立てるのは、私は保健師さんではないかと思います。全国の自治体でも、ベビーにきょう飲ませるミルクの支援について、もしよい取り組みがあったら、その活動事例をぜひ教えてほしいと思います」

自分たちがほしいのは、解決策の糸口なのだと髙良さんは教えてくれた。具体的な解決の糸口がないまま相談窓口があっても、なかなか前には進んでいけない。勇気を出して自治体の相談窓口に行こうと思ったお母さんが、明日に希望を持てる支援が得られるようになり、必要なところを民間で支えていく――髙良さんはその姿勢をこれからも継続していきたいと力強く語ってくれた。


より詳しく知る・つながるには

○一般社団法人 共育ステーションつむぎ
・公式WEBサイト
https://tumugi.okinawa/
・公式Facebookページ(最新情報はこちらから)
https://www.facebook.com/station.tumugi/

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