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胎児性アルコールスペクトラム障害の予防と対策に関する国際フォーラム

9月15日、東京都千代田区の星陵会館で「胎児性アルコールスペクトラム障害の予防と対策に関する国際フォーラム」(主催:独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター、依存症対策全国センター、共催:特定非営利活動法人アスク〈アルコール薬物問題全国市民協会〉)が開かれた。平成30年度厚生労働省依存症対策全国拠点機関設置運営事業の一環で、わが国における胎児性アルコールスペクトラム障害の啓発が目的だ。

15年ぶりの国際大会

妊娠中の母親のアルコール摂取により、生まれてくる子に顔面を中心とした奇形や体の発育障害、知能障害が生じることは以前から知られていた。その子たちは胎児性アルコール症候群(FAS)と呼ばれた。当初は出生時の低体重や奇形に焦点が当てられていたが、その後、生まれてくる子にADHDやうつ、成人後の依存症リスクなど、より広範囲な影響があることが分かってきたため、FASの特徴がすべて見られない場合でも障害全体を胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)という概念で捉えるようになった。FASD(エフエーエスディーと読む)はFetal Alcohol Spectrum Disordersの略。欧米では1970年代以降、妊婦の飲酒が胎児に与える影響についての研究が進み、FASDが注目されるようになった。米国では先天性の知能障害の原因としてFASDはダウン症候群に次いで多いとされる。

一方、わが国では2003年11月に特定非営利活動法人アスク主催による「FAS国際シンポジウム」が開かれ、そのときの合意事項をもとに「予防のためのメッセージ」がまとめられた。それをきっかけにアルコール飲料の缶に妊娠中の飲酒の危険を知らせる警告表記がなされるなど、一定の成果を上げた。しかし、保健医療の専門職でもFASDの存在を知らない人がいるなど、さらなる周知が必要な状況だ。

日本では15年ぶりの国際大会開催となったこの日のフォーラムは、第1部が第一線で活躍する海外の専門家によるFASDに関する教育講演、第2部がわが国におけるFASDに対する先駆的な取り組みの報告とシンポジウムという構成。開会の挨拶で樋口進氏(独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター院長)は、日本でFASDの認知度が極めて低い理由として、実態が分からないことを挙げた。FASDの有病率は正確な方法で調査すると非常に高くなるが、精度の高い調査は簡単ではないという。樋口氏は「フォーラムでFASDに関する学びを深めて認識を共有し、国民の認識が向上をはかり、3、4年後の調査につながってほしい」と期待を寄せた。

第1部 教育講演

「胎児性アルコールスペクトラム障害の概要」をテーマに講演したケネス R・ウォーレン氏(米国立アルコール乱用・アルコール症研究所)は、欧米社会の飲酒問題の歴史を振り返った。17世紀末から18世紀中ごろにかけて、イギリスではジン(お酒)が大流行し、それを飲んだ女性から生まれた子どもに奇形が頻発し、因果関係が疑われた。1899年のリバプール刑務所における疫学研究では、アルコール依存症の女性収監者の乳幼児死亡率が高く、強制的に禁酒した場合は正常な子が生まれるという結果が得られた。このようにFASDは欧米では珍しい障害ではなく、妊娠中のアルコール摂取の害に関する知見も得られていたにもかかわらず、長い間、放置されてきた。国際会議で妊婦の飲酒に関する勧告が出されたのは1977年のことだったという。

2003年のシンポジウムでも講演した、エドワード P・ライリー氏(サンディエゴ州立大学)は、「胎児性アルコールスペクトラム障害の認識と特徴」をテーマに登壇した。ライリー氏は、「FASDでは認知行動上の問題が最も重要」と述べた。FASDの子には、言語習得の遅れや記憶障害、歩く速度が遅く鉛筆を握る力が弱いなどの運動機能の障害、計画が苦手で感情をコントロールできず、ルールを破るなどの実行機能の障害、数字の概念がつかめない算数障害などがあり、70%に学習障害がみられるという。

カナダのスベトラーナ・ポポバ氏(依存・精神保健センター、精神保健政策研究所)は「胎児性アルコールスペクトラム障害の世界的有病率に関する世界保健機関の国際研究:カナダからの結果」をテーマに講演。オンタリオ州の40校に通う児童2,555人を対象とした、出生前アルコール曝露情報のコホート研究の結果から、カナダの小学生のFASD有病率は約2~3%と推計されると報告した。また、FASDの母親とそうでない母親を比べると、人種・結婚・雇用・経済的サポートにおいて違いは見られないものの教育レベルには違いが認められ、FASDの子の母親は100%が飲酒していたという。ポポバ氏は、「アルコールのタイプや量で安全なものはない。妊婦なら飲酒は避けるべき」と強調した。

FASDは治療が非常に難しいため、診断後は当事者・家族をいかに地域で支えていくかが重要な課題となる。第1部の最後に登壇したデボラ・エベンゼン氏(胎児性アルコール相談・研修センター)は、「変化を起こそう! -FASDの子どもたちと関わること」をテーマにFASDの子どもたちの支援方法について講演した。同氏は2003年のシンポジウムでも講師を務めている。はじめに、「子どもは常に最善を尽くそうとしており、子どもが間違いを繰り返した場合、アプローチを変えなくてはいけない」と述べ、FASDの子が学習するときに感じる困難について説明した。

エベンゼン氏によれば、健常児の脳ではさまざまな部分が連携して働くが、FASDの子の脳はそれがうまくできないために、情報処理、関連付け、記憶、適切なアウトプットが困難なのだという。例えば、先生が子どもたちに「3足す5はいくつ?」と質問した場合、健常児ならすぐに考え始めるのに対し、FASDの子は先生の言葉の意味を理解することから始めることになる。また、集中するために体を動かしたりするため誤解されやすい。エベンゼン氏は「FASDの子は、外見とは裏腹に脳はフル回転しているのだが、先生たちがそのことを理解していない。周囲の無理解が原因で二次的な行動障害が生じる」と話した。

FASDの子は実年齢に比べて発達年齢が低く、18歳でも発達年齢は8~9歳ということもある。しかし、外見から判断されてしまうため、しばしば警察沙汰に発展してしまうという。このような特徴のあるFASDの子には長期的な支援が必要であるとして、エベンゼン氏は支援に役立つ「8つの鍵」を紹介した。8つの鍵とは、①具体的であること(Concrete)②一貫性のあること(Consistency)③繰り返すこと(Repetition)④習慣的であること(Routine)⑤分かりやすいこと(Simplicity)⑥明確であること(Specific)、⑦構造化すること(Structure)⑧スーパービジョンである。例えば親や教師は、「玩具を玩具箱にいれて」など具体的な言葉で伝え、家庭と学校で言うことに一貫性を持たせる。そして、マスターキーは「信頼関係」であるとした。支援の場では、これら8つの鍵を活用することで、FASDの子に起きる問題を半分以下に減らすことができたという。

第2部 シンポジウム(講演)

シンポジウムでは、日本から5人の演者が登壇した。遠山朋海氏(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課)は、講演「わが国におけるアルコール関連問題対策」の中で、国のさまざまなデータをもとに女性・妊婦と飲酒の現状について報告した。日本のアルコール消費量は、1990年代前半をピークに一人当たり飲酒量は減っているが、飲酒習慣者(男性1日40グラム以上、女性1日20グラム以上)の割合を見ると、若い男性が飲まなくなってきているのに対し、20~30代の若い女性では飲酒者が多くなっているという。また、健康日本21(第二次)の「妊娠中の飲酒をなくす」の項目では、2010年時点で8.7%あった妊婦の飲酒率が2013年には4.3%まで減少した。遠山氏は「これだけ減っているのになぜ0にできないのか。今後、それを考えていかなければならない」と話した。

金城文氏(鳥取大学医学部)は、「わが国における女性の飲酒について」をテーマに講演、若い女性の飲酒状況について報告した。それによれば、20~40代の女性で1年以内に飲酒した人は80%、30日以内に飲酒した人は60%だった。生活習慣病のリスクのある飲酒をしている人(女性の場合は1日20グラム以上)は8%だった。FASD発症に関しては、習慣飲酒だけでなく一気飲みなどの機会大量飲酒も関係しており、13%の女性にみられたという。20~40代の女性が機会大量飲酒をする背景として金城氏は「仕事をしている人ほどその機会が多い」と述べた。また、妊娠に気づくと50%の人は飲酒を止める一方、妊娠初期に飲酒している人が10%、妊娠中後期にも飲酒している人は3%いたと報告した。

演題「私が出会ったFASDの子どもたち~理解から寄り添う支援への模索~」で講演した長沼豊氏(元福祉施設職員)は、児童養護施設で働いていたときに出会ったFASDの子のエピソードを披露した。今から四半世紀前のこと、母親が重度のアルコール依存のため2歳7か月で児童福祉施設に入所したA子ちゃんは、感情が非常に不安定で、強い固執傾向、ADHD的な傾向、強迫的傾向があった。知的な問題も抱えていた。テーブルクロスに付いた小さなシミや下駄箱の靴の整列などへの小さなこだわりからイライラが始まり、フラストレーションがたまると大爆発、泣き叫び、顔や腕をかきむしり、壁に頭を打ち付けた。洗面器一杯にたまった水を寝室にぶちまけるなど、しばしば大人たちも手に負えない状態になった。この傾向は15歳まで変わらず続き、それが原因でバーンアウトした職員もいたという。

長沼氏は解決策を求めて医療機関や支援機関を回ったが、当時はFASDのことを知る人がおらず、「施設の扱い方が悪いのではないか」と言われたという。あるときA子ちゃんの母親が重度のアルコール依存で婦人保護施設に入っていることを聞き、面会にこぎ着けた。そこで、A子ちゃんを出産するまでの壮絶な話を聞く。A子ちゃんを妊娠したことを内縁の夫に告げると、認知を拒否、暴力をふるった。「このままでは生まれてくる子は殺されてしまう」と思った母親は、中絶の費用がないため流産を試みた。階段からわざと落ちる、ごはんの上にお酒をかけて食べるなどの無謀な行動を続けた。それを聞いた長沼氏は直感的に母親の飲酒がA子ちゃんの障害の原因ではないかと思ったが、その後、アメリカの研究者の本を読み、A子ちゃんの特徴にそっくり当てはまるFASDの存在を知る。A子ちゃんにも顔面形成異常があった。

当時、A子ちゃんの母親の入所施設に勤めていたのが、横田千代子氏(婦人保護施設いずみ寮)だ。講演「婦人保護施設で支援したFASD児の母親」の中で、横田氏は婦人保護施設の立場から、A子ちゃんの母親のエピソードを語った。母親は妊娠時に無謀な飲酒を続けたことが娘の障害につながったことなど知る由もなかったが、長沼氏からA子ちゃんの現状を聞いてからは、「娘に障害があるのは私のせいだ」と自分を責め続けたという。そのたびに横田氏は、「あなたは赤ちゃんを夫のDVから守ろうとしたのだから、それは違う」と説いて聞かせたという。その後は、施設間で親子の交流機会をたびたび持つようになったが、やがて母親は退寮し、アパート暮らしを始めた。しかしそれもつかの間、また飲酒を初めてしまった。そして数年前、誰にしらせることもなくY市で大量の血を吐き54歳で亡くなった。いまわのときに間に合わず心残りのあった横田氏は、生前A子ちゃんのことで心を痛めていた母親の棺の前で「A子ちゃんの障害で、あなたに責任はない」と伝えたという。最後に横田氏は「私たちの寮に入所する女性は、暴力などを受けお酒を飲まずにいられない、また、風俗などで無理やり飲ませられる、といった人が多い。こうして自らに責任を課して生き延びている女性たちが大勢いることをぜひ知ってほしい」と訴えた。

「妊娠中のアルコール摂取と子どもの発達特性」をテーマに講演した児童精神科医の井上祐紀氏(横浜市南部地域療育センター)は、長沼氏(前出)と関わる中でFASDの実態を深く知ることになったという。「FASDは神経学的なバックグラウンドがあるものと、トラウマをバックグラウンドとするものがミックスしているため、状況が非常に煩雑であり、相談を持ちかけられたほとんどの医療機関はお手上げだったのではないか」と当時の状況を振り、「最も重症な子は医療機関ではなく、福祉施設にいる」と述べた。

井上氏は、ある児童精神科の受診歴から、子どもの母親の妊娠中におけるアルコール摂取状況を調べたレトロスペクティブなレビューを紹介した。母親を「飲酒なし」「ときどき飲む」「毎日飲む」の3群に分けて、子どもの発達特性(多動、常同行動、興味の限定)との関係などを調べたもので、結果は「飲酒なし」121名、「ときどき飲む」40名、「毎日飲む」8名となり、全体の飲酒率は28.4%で女性一般よりもかなり飲酒率が高かった。また、「毎日飲む」群は他の群と比べると子どもの発達特性がいずれもやや高く、学習困難は4割以上もあった。

井上氏は「厚労省の調査では妊婦の飲酒率は減ってきているが、児童精神科に来る子の母親では減っていなかった。飲酒を止めにくい人たち、生きにくさを抱えている層へのサポートは知識の啓蒙だけでは難しい。日本の児童精神科領域において、アルコール暴露のあるケースとないケースで臨床特徴がどう違うのか、どんなサポートが望まれるのか、しっかりした調査が必要」と述べた。また、わが国の医療の問題として、子どもと大人を同時に診られる医者がいないことを挙げ、専門医同士のコラボレーションと親子支援の地域ネットワークが必要であるとした。

第2部 シンポジウム(総合討論)

ウォーレン氏からは日本のシンポジストに対して、「きょう皆が話したようなFASDに関する知識・経験は、日本の他の医療関係者にも共有されているのか」と質問があった。それに対して井上氏は「日本でFASDの子に出会うチャンスがあるのは福祉施設の嘱託医だが、地域の小児科医や精神科医がその嘱託医に協力できているかは疑問。FASDの子へのケアの必要性を実感している医師はあまりいないのではないか」と答えた。長沼氏は「FASDのことを理解してくれる医師と出会うまで、さんざん探し回ったが、ほとんどの医師が理解してくれなかった」と話した。金城氏も、「医師の教育の中でFASDに触れることは無いに等しい。かかりつけ医は家族の問題にも対応するのでアルコール関係の患者を経験することも多いが、発達障害やADHDとしてみてしまいFASDが頭に浮かばないのが現状」と話し、わが国では医療関係者の間にもFASDの知識が普及していないことが浮き彫りになった。

久里浜医療センター院長の樋口氏は、今後わが国で実態調査が行われFASDが多数存在することが分かったときの対策について、海外の講師たちにアドバイスを求めた。ライリー氏は、「まずは関係者のFASDに関する意識を高めることが重要。アメリカでも医師がFASDと診断したがらない事態が起きたが、医師に対してさまざまな教育を行い、心理学者も含めた学際的なチームで問題に対処することで乗り越えた」と話した。エベンゼン氏も、福祉施設、学校、刑務所などあらゆる施設の職員がFASDに関する知識を持つことの重要性を強調した。

ポポバ氏は日本の有病率について、「おそらくFASの有病率は0.1%、FASDは0.8%で、グローバルなレベルより低いだろう」と予測した。その上で、女性の飲酒が増え、多くの妊娠が計画的ではないという世界的な潮流があることを踏まえれば、子どものときから飲酒に関する教育が必要であると説いた。また、一般国民の有病率だけでなく特殊集団における有病率を見ることも重要であるとし、例としてアメリカのFASDの有病率は、養子制度(養護施設)の中で一般国民の15倍、刑務所では30倍も高いことを挙げた。

その他、保健師との関連ではフロアから「母子手帳交付時に保健師が妊婦のアルコールの問題について話せるように、看護教育を変えていく必要があるのではないか」「国は市町村保健師の努力目標の数値を示すなどしてほしい」などの声が聞かれた。

 最後に、主催者としてシンポジウムの司会を務めた今成知美氏(特定非営利活動法人アスク代表)は「日本にもFASDの子がいることが、はっきりした。これから予防・啓発・支援と、さまざまなかたちで関わっていきたい。酒類業界には啓発する役割があるが、例えば妊婦の禁酒のマークを作るなどのアプローチもあると思う。15年前が第1部とすれば、きょうは第2部。何年後かに開かれる第3部ではいろいろな実践を報告できるようにしたい」と話し、フォーラムを締めた。

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