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「伊藤史人氏日本賞受賞記念凱旋講演会」から

障害者の視線入力を支援するソフトの開発で第44回日本賞を受賞した島根大学の伊藤史人氏(総合理工学研究科助教) 。2018年1月28日に盛岡市で受賞の凱旋講演が行われ、約60人がお祝いに駆けつけた。その講演の様子が動画として公開されたと聞き、地域保健2018年3月号に掲載したレポートの内容も紹介する。

日本賞受賞記念_伊藤史人さん挨拶日本賞は日本放送協会が主催する国際的な教育番組のコンテスト。1965年に創設され、近年は番組に限らずオンライン教材、アプリーション、インターネットを通じたウェブサイトなどもノミネートの対象になっている。受賞式には皇太子さまも登壇される。

今回、伊藤氏が受賞したのは、クリエイティブ・フロンティア部門の最優秀賞(経済産業大臣賞)で、テーマは重度障害者向けの「EyeMoT(アイモット)成功体験をベースにした視線入力訓練ゲーム」 。

EyeMoTは、難しいとされる視線入力を楽しくトレーニングするソフトだ。

伊藤氏の講演

伊藤氏はテクノロジーを使った社会的問題の解決を研究テーマとしている。この日の講演「『成功体験』をベースにした視線入力訓練の方法とその実際~EyeMoT と振動フィードバックを活用した方法~」では、足の指を数ミリしか動かせない難病の子が機器を使って「こんにちは」と入力、それを音声出力する様子を動画で映し出し、 「もしテクノロジーがなければ、ただの動かない人になってしまう。意思があるのかさえも分からない。でも機器を使うことでコミュニケーションがとれ、人間らしい生活ができる」と解説した。こうした可能性があるにもかかわらず、障害や福祉の分野ではテクノロジーが活用されていないのが実情だという。難病保健に関わる保健師にとっても、こうした情報は不足しているのではないだろうか。
一方、視線入力装置は低価格化が進み、ひところに比べると入手しやすくなった。しかし視線を自在に操れるまで習熟するのは大変なため、導入が進んでいない。伊藤氏はいきなり視線入力装置を使わせることを小学生に鉛筆を与えることに例えた。

「小学生に初めて鉛筆で字を書かせたとき、下手だからと『おまえは鉛筆を使えない』と取り上げてしまうのは非人道的な話だと誰でも分かる。でも、それと同じことが福祉の現場で起きている」
使えないから導入しないのであれば、使えるようにトレーニングすればよい――発想を変え、子どもでも楽しみながら視線入力をマスターできるソフトの開発に乗り出した。その際、 着目したのは 「感覚統合」 だ。

健常者にとって自分の動作で外部の物が動くのは当たり前だが、それは生まれたときから物に触れたり、ぶつかったり、膨大な経験を通して感覚統合ができているからだ。一方、生まれてから一度も体を動かしたことがない重度障害児(者)は、自分の動作によって物が動くという因果関係を理解しにくい。そこで視線入力のシューティングゲームで、風船を割ったり、的を打ち落としたりすると、振動で当たったことを教えてくれる仕組みを取り入れた。こうしてゲームを楽しむうちに視線入力をトレーニングできるのがEyeMoT の特長だ。日本賞のプレゼンテーションの説明

会場では日本賞の審査の模様が映像で流された。国際コンクールでは英語による発表が必須だが英語が苦手な伊藤氏は、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイを使用して、英語の発表文章を自分だけに見えるように映し出し読み上げる手法を用いたという。晴れて受賞が決まった後のコメントでは「障害者は日々失敗を重ね、できないことが多い日常を送っている。この訓練ソフトでは絶対成功して次につながるモチベーションを持てるように工夫した」と開発への思いを語った。

 

米国とスカイプ中継

この日はスカイプを使った中継で、米国在住の看護師、山口不二代さんと会場とをつないだ。息子のKAI君(13歳)はメキシコ系アメリカ人の夫との間に生まれたハーフで、幼少時の脳幹出血のため障害が残った。米国では支援を必要としている子どもには機器やセラピーを与えなければならないと法律で定められているという。しかしコミュニケー日本賞受賞記念 スカイプ中継の様子ション機器の利用申請をしても、審査時に機器をうまく使って見せないと許可が下りない。そのときのデモンストレーションで活躍したのがEyeMoTだ。その縁で、山口さんには日本賞の審査に向けた英語の発音トレーニングや文章作成を手伝ってもらったという。

実は、KAI君のアメリカ人のおじいちゃんは、EyeMoT を使う前までは孫には意思がないものと思っていたそうだ。それがシューティングゲームを上手にこなす孫を見て「KAIは分かっている!」と、喜んでいることも報告された。

(2018.7.12追記)スカイプ中継では、カイ君に射的ゲームや視線入力による伊藤氏へのお祝いメッセージの表示などを実演してもらう予定であったが、残念ながらカイ君は眠ってしまい、中継の場では見ることはかなわなかった。しかし代わりにスヤスヤと眠るカイ君の愛らしい寝顔を見ることができた。ライブならではのできごとだったが、後日山口さんのFacebook上で、カイ君から伊藤氏へのお祝いメッセージ動画の様子が公開された。

 

パネルディスカッション

『なぜ,教育・福祉の現場にテクノロジーが根付かないのか?』

(進行役)

伊藤史人氏

(登壇者)

  • 板倉ミサヲ氏(瑞雲荘 76歳の女子高生)
  • 織田友理子&洋一氏(遠位型ミオパチー患者会・車椅子ウォーカー代表)
  • 遠藤光氏(筋ジストロフィー協会)
  • 高橋正義氏(秋田県立秋田きらり支援学校)
  • 菊池直実氏(岩手県立盛岡青松支援学校)

(コメンテーター)

  • Prima OkyDicky Ardiansyah氏(岩手県立大学ソフトウェア情報学部)
  • 小川晃子氏(岩手県立大学社会福祉学部)

後半のパネルディスカッションでは、コミュニケーション支援機器の導入が進まない理由を登壇者と会場の皆で考えた。

秋田県立秋田きらり支援学校の現役教員である高橋正義氏は、学校現場には支援機器と障害者をつなげられる「目利き」がいないからではないかと指摘した。そして学校組織は保守的なため、支援機器の導入に際してはスタンドプレーでなく戦略的に味方を増やしていくことが大切と意見を述べた。

岩手県立盛岡青松支援学校の教員である菊池直実氏も、長年の指導方法を変えることへの抵抗感や、校内体制が整っていないことが機器の導入を妨げていると話した。 菊池氏は校内にICT活用の研究グループをつくり、 校外では支援学校や大学の教員、学生などのメンバーで「i-C”t いわて」という団体を立ち上げ、学習会などを開いているという。

遠位型ミオパチー患者会代表の織田友理子氏は、YouTube チャンネルの「車椅子ウォーカー」で、自身が経験した国内外のバリアフリー旅行の映像を流し、車椅子でもできることを発信し続けている。週1回の配信を目標に、これまでの流した映像は約150本。織田氏は、情報が人に与える影響力を強調、情報格差をどのように埋めるかが重要だと話した。

日本筋ジストロフィー協会岩手県支部長の遠藤光氏は、患者会での相談内容を踏まえて、「本人に意欲があってもそれが家族に伝わりにくい状況がある」と報告。ボランティア頼みではだめで、家族や学校の先生など周りに熱心な人が一人でもいれば状況は変わると話した。

日本賞受賞記念 花束贈呈パネルディスカッションには「76歳の現役女子高生」板倉ミサヲ氏も登壇した。脳性麻痺の影響で首から下がほとんど動かず小学校も経験したことがなかったが、学びへの意欲をあきらめきれず、70歳を過ぎてから特別支援学校中学部に入学したという。学ぶことを「私の使命」と考え、高校卒業後は大学へと意気込んでいる。そんな板倉氏の通信方法は携帯電話やiPad によるメール。以前は連絡方法として施設のピンク電話しかなかったが、メールが使えることで相手に気兼ねすることなくいつでも連絡できるようになったと語った。

日本賞受賞記念 主催者挨拶会を主催した岩手県立大学社会福祉学部教授の小川晃子氏は、「福祉の現場の人は、テクノロジーに苦手意識があるが、私たちの使う技術はハイテクではなくローテクだ。機器の使用でサービスの状況が変わることを知ってほしい」と語った。

 

 

ディスカッションではモチベーションや目利きの不在などのキーワードが出た。これからできることについて、参加者の中で共通認識を持てたのではないかと感じた。また、情報はどのように集めるかについて「発信する人のところには、人と情報が集まってくる。SNSなどは活用の仕方で大きな力となり得る」という伊藤氏の言葉には、会場の多くが賛同したようだった。この後に開かれた交流会には多くの人が残り、互いに親交を深めた。

会場が懇親会の準備に入っていたころ、パネルディスカッションで、自分の経験を語った参加者の阿部優也さんが、帰りがけに伊藤氏とのエピソードについて教えてくれた。

日本賞受賞記念 阿部優也さん

伊藤氏のブログにも登場したことがある阿部さんは、出会った当時、伊藤氏の趣味である狩猟の話を聞いたという。それまで自分が狩猟に出かけるとは思いつかなかったという阿部さんだったが、伊藤氏の「免許をとったら一緒に行こうか」の言葉がきっかけとなり、その後本当に「銃砲所持免許」等を取得したのだという。「今度は伊藤さんと一緒に狩猟に行くという約束を果たしたい」そう言って誇らしげに笑った顔がとても印象的だった。

日本賞受賞記念 集合写真

 

 

コミュニケーション支援機器が、そして、周囲でサポートする存在が障害者のQOLを高める事実を、難病や障害者の支援に関わる保健師はもちろん、一人でも多くの方に知ってもらいたいと感じた取材だった。

<記念講演会の動画>

 

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