|
インドネシア保健省が、県・保健所の地域看護コーディネーターに期待した役割は、地域看護師に対するスーパーバイザーや他職種とのコーディネーターとしての役割であった。
日本での保健師長と保健所の企画・調整担当の保健師のような役割である。保健所のコーディネーターは看護学校卒で、臨床経験と管理運営能力が求められ、県のコーディネーターには、大学卒で地域看護師への管理運営能力と指導力が期待されている。
地域看護コーディネーター育成プロジェクトでは、3年間に南スラウェシ州の23県・市の県地域看護コーディネーターと保健所の地域看護コーディネーターの育成を目的とし、大学と州・県衛生部が協力して組織的に育成していくために、日本で研修を受けた帰国研修員・MOT(Master of Trainer)が県地域看護コーディネーター・TOT(研修指導者)を、そして各県のTOTが保健所の地域看護コーディネーター(TOP)を育成するという三段階の研修計画で実施した。
初年度の県地域看護コーディネーターの研修には、各県から1人が選考され19人が参加したが、参加者は経験年数が長く管理的立場にある人で、50歳以上の男性が多く、ややがっかりした。(インドネシアでは日本に比較して男性の看護職が多く、行政では管理的立場に男性の方がつきやすい)。
しかし本人たちは各県の代表として参加し、TOTとして各県で保健所コーディネーター(TOP)の育成をしなくてはならないので、5日間の研修には真剣に取り組んでくれた。
特に帰国研修員(MOT)がファシリテーターとなり指導した2日間のPCMによる活動分析やアクションプランの作成では、近県で編成した5グループの競争意識も働き、最終日には全グループがアクションプランを作成し発表することができた。研修の前後に行うプレテストとポストテストでは評価が23%も上昇した。
研修終了後、帰国研修員(MOT)は、日本での研修後に私達によってモニタリング・フォローアップされているのと同様に、MOTとしてTOTである県コーディネーターをモニタリング・フォローアップしていくことを決め、州を5リージョン(地区)に分け、分担して行うことを決めた。また翌年の日本での研修員候補者として、研修のテストが高得点でリーダーシップを発揮した2人を推薦し、州と県衛生部長の承諾を得て日本での研修に参加させることができた。
2年目の日本での研修は、県での保健所コーディネーター(TOP)の育成の研修に焦点を当てて実施した。県・市から推薦された2人は、保健所コーディネーターの活動実態調査を実施して、各県の実態や問題点を把握して研修に臨み、日本での研修期間中に、各県・市の保健所コーディネーター研修計画を作成して、張り切って帰国した。
帰国後には、衛生部長や上司・同僚に報告して協力を求め、予算獲得をして保健所コーディネーターの研修を実施することができた。その後1人は市の貧困地域にある保健所をモデル保健所として、保健所の地域看護コーディネーターをサポートして貧困者対策を重点事業として実施し、もう1人は、他保健所に先駆けて地域看護師たちが障害者の地域リハビリテーションに取り組んでいる保健所をモデル保健所として活動をサポートした。
このような地域看護指導者の育成は、日本でも、私の母校である国立公衆衛生院(現在国立保健医療科学院)で実施されてきた。
各県で推薦された保健師や保健師学校の教員が1年間公費で学び、修了後に各県の衛生部や保健所又は学校に配属され、周囲から一目置かれ、指導者として教育や現任研修を実施したり、モデル的活動を実施してきた。
インドネシアの地域看護指導者としての研修期間は短かかったが彼らのMOTとしてのエンパワーメントには目を見張るものがある。MOTによるTOTの育成、TOTによる保健所の地域看護コーディネーターの育成をシステム的に実施したことと、各県にモデル保健所を設置する方向で南スラウェシ州の地域看護の人材育成は推進されていった。
|