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当事者は、なぜひきこもり続けてしまうのか? 疾病利得(例えば、醜形恐怖など)や暴言、暴力に至るのか……?
実は、ひきこもり当事者の心の底にある「本音」は、せめて近しい親や家族にだけは、関心をもってもらいたい、認めて欲しい、褒めてもらいたい、生きることを是認されたい、本当は己に自信を持ちたい、というものである。
ところが親のほうは、いつ果てるとも知れぬ不安と恐怖とつらさから、《あなたは世間的に恥ずかしい存在だ、社会参加してない大人になってしまったわが子は認められない、あなたのせいで親はどんなにか苦労しているか! 親は親で一生懸命頑張ってきたのに!》と嘆き悲しむのが一般的だ。
親亡き後、この子はどうなるのか、という底知れぬ不安を感じ、「いっそ死んでくれたら」と考えることさえある。
この悪循環を脱して、「この子は家のことを手伝ってくれている、親にいろいろなことを気付かせてくれている存在だ、本当はやさしい子なんだ」と現実の見方を変えることは可能だ。
「私はいつでもあなたの味方だよ、生きていてくれていて本当に有難う」という思いに達することができれば最高である。
どうすればマイナスをプラス思考に転じ、家庭に好循環をもたらすことができるのか? 否定ではなく肯定のメッセージを当人にいかに伝えるのか? それには、どんな対応スキルがあるのか? 「全国引きこもりKHJ親の会」では、こうしたことについてお互いに学びあっている。
とはいうものの、いまだに混沌とした模索状態が続いていることは否めない。当会の場合、ひきこもり当事者の平均年齢はすでに30歳に達している。
経過年数の長い当事者へはいかに取り組むべきかなど、根元的問題点はかなり見えてきたところである。
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